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個人信用情報に対する排他性

この取りまとめを受けて設立されたのが割賦制度協議会信用情報交換所です。設立趣旨としてはオールジャパンの組織を目指したわけですが、必ずしもそのような発展をしたわけではありません。そしてその状況は、二〇〇七年の貸金業法の改正、二〇〇八年の割賦販売の改正まで変わりませんでした。まず、信用情報交換所設立当時のクレジット業界に戻ってみましょう。今から半世紀も昔の話で、わが国は高度経済成長の臭っただ中でした。クレジット業界の中心にいたのは、信販会社のような第三者型のクレジット会社、月賦百貨店といわれる割賦販売専門小売業者、電機メーカー系クレジット会社、自動車ディーラーといったところが主力メンバーでした。

銀行系カード会社は当時都市銀行といわれていた銀行が母体となつて設立されていましたが、このころは”割賦”の範疇には入らないと整理されていました。さて、当時の業界における信用調査の方法ですが、前に書いた「クレジットの3C」を意識したわけではなかったかもしれませんが、各業態・各社とも工夫を凝らした調査を行っていました。月賦百貨店のような販売を伴う業態の場合は、必ず配達して自宅を確認し、ついでに家の中までのぞき込んで、支払いできるかどうか確認していました。そして回収は人が歩いて回る集金です。まだ銀行の自動振替の制度が一般的になっていなかったからというのもその理由ですが、お宅まで訪問するのは信用調査の一環でした。

どこの業界にもなかなか興味深いノウハウがありました。クレジット業界で当時最も勢力があったのは、電機メーカー系クレジット会社でした。現在のように家電販売が量販店中心の流通経路ではなく、”街の電器屋さん”の時代だったのでそこにクレジットを付けて、電機メーカーは自社製品の販売促進と同時に電器店の経営支援をしていたのです。家電業界は歴史のある業界で、割賦制度協議会の初代会長も同業界から出ていますし主力メンバーでした。合理的に考えればオールジャパンの情報機関ができたのですから、それをうまく活用すればいいと思いますが、残念ながらそうはなりませんでした。信用情報交換所ができて四年後の一九六九年に、家電業界は独自の個人信用情報機関として株式会社日本信用情報センターを設立したのです。

後に信用情報交換所と日本信用情報センターは合併することになりますが、このような動きは割賦販売法所管のクレジット業界だけではなく、消費者金融の業界でも起こりました。その理由は、個人信用情報に対する考え方が、自社の投資財産あるいは共有は利他につながるといった考え方にあります。このような考え方は、経産省での個人信用情報機関設立に向けた議論を思い出してもらえばわかると思います。機関の最終的な目標が代金の回収率の向上にあるのですから、他社がつまずいて損害を被るようなことになれば自社の利益につながる、といった考え方があったことは否めません。しかもその情報は、自社が回収不能という高い代償を払ったものです。