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個人信用情報機関の転機

OECDの八原則に三年遅れて貸金業規制法(現:貸金業法)が議員立法により制定され、その翌年には割賦販売法の大改正がありました。これによって物販のクレジットは経産省、貸金のクレジットは大蔵省(現:金融庁)というスタンスが明確になります。その後今日に至るまで、両省のクレジットに対する取り組み姿勢はつかず離れずの状態が続いています。特に個人信用情報の問題については顕著です。クレジットを所管する経産省や金融庁の他にも経済企画庁(現:消費者庁)、総務省も個人情報保護に関して種々の検討の機会を設けて報告を取りまとめています。

これは、OECDの勧告もありましたが、貸金業法の制定でわかるように多重債務が社会問題化したからです。基本路線は、貸金、物販といった区分けをせずに広く総合的に個人信用情報を扱うべき、ということに尽きます。例えば一九八四年に大蔵省内に設置された金融問題研究会は「我が国における消費者信用のあり方」という答申を出していますが、そこには以下のように書かれています。「個人信用情報の有効な活用は、貸倒や延滞の発生を防止し、貸倒リスクの管理・回収コストを減少させるので、金融機関や与信業者が消費者信用に取り組むに当たっての重要な要件である。

消費者信用市場の個人信用情報ができるだけ統合的に利用されること、及びできるだけ多くの借入申込者について個人信用情報機関への登録・照会が行われることが望ましい。」一方、経産省においても一九八三年にまとめた消費者信用産業懇談会報告書の中で、趣旨としてはほぼ金融問題研究会の報告と同じですが、個人情報機関の整備の方向性について次のようにまとめています。「個人信用情報の内容は、基本的には、クレジット、消費者金融とも同質であることからみれば、将来的には、双方の情報を総合的にとらえるべきであろうが、さしあたってクレジット分野について着手すべきであろう。」この二つの報告を実践するための第一弾として、物販分野の個人信用情報機関の統一が行われました。

すなわち信用情報交換所と株式会社日本信用情報センターの合併によって、株式会社信用情報センター(現:株式会社シー・アイ・シー)が一九八四年に設立されました。さらに各地で設立されていた貸金業界の情報機関の連合組織である全国信用情報センター連合会が、株式会社日本情報センターを設立しました。この段階でわが国の個人信用情報機関は、物販分野のシー・アイ・シー、貸金分野の日本情報センター、銀行分野の全国銀行協会個人信用情報センター、それに業界横断型のセントラル・コミュニケーション・ビューローの四つに集約されたことになります。そこで、消費者信用を専業とする株式会社シー・アイ・シー、株式会社信用情報センターに全国銀行協会個人信用情報センターが加わって、三機関による個人信用情報の交流業務「CRIN」が開始されました。

ただし、ここで交流されたのは異動情報といわれる不払いや貸し倒れの事故情報のみで、無事故の情報は交流の対象とはなりませんでした。とはいえ、これまで同じ席に着いて話をしたことすらない三つの業界が揃い踏みしたということには、大きな意義があります。ホワイト情報の交流については、CRINが開始された一九八七年に大蔵省の金融制度調査会がまとめた「消費者信用のあり方について」という報告の中で、異動情報に限定するのではなく無事故の情報についても検討する必要があることを提言しています。